銀の風

序章・大山脈を越えて
―3話・武者修行の剣士―



それから二日経過。
フォッグ山のその先のさらに低い山を越え、ようやく一行はトロイア領に入ることができた。
合計二つ目の山とその裾野に広がる深い森は、一行を相当てこずらせえたようだ。
「か〜っ!たく、てこずらせやがって。」
よほどストレスをためることになったのか、
ストレス解消と言わんげに近くの石に八つ当たりする。
八つ当たりされた石は、蹴られた挙句遠くに飛ばされた。
「つかれた〜。」
眼前に広がる小さな平野。その向こうには、地平を覆い尽くす森林が茂る。
疲れきったフィアスが、ふと少し離れたところを見てみた。
そこには10歳くらいの薄水色の髪の少女が、気持ちよさそうに寝ている。
眠っているようなので瞳の色は分からないが、
薄くて繊細な色合いの髪とは対照的に、顔の造作は女の子にしてはきついように思えた。
帯剣している所を見ると、どうやらこの年で冒険者のようだ。
「ね〜リトラ、あそこに青い髪の毛のおね〜ちゃんがおねんねしてるよ〜。」
青いというにはかなり色が薄い気もするが、
ともかくフィアスはそういってリトラ達の気を引いた。
相手が眠っていることなどお構いなしに、フィアスが少女を指さして仲間に示している。
もしも彼の養父か養母、この場合はセシルかローザだが。
常識を心得ている彼らが仮にこの場に居たなら、失礼だと注意していただろう。
だが残念ながら、今は彼らもそれに代わって注意するものもいなかった。
「んぁ?あ、まじだ。お〜い、何してんだよ!」
よせばいいのに、見ず知らずの少女にリトラが声をかける。
相手は、煩わしげに首だけこちらに向けた。少々眠そうな顔をしているのは仕方ない。
それにしても大人の基準で言えばまだ幼いのに、なかなか気配にさといことだ。
「何さ……人が寝る邪魔するんじゃないよ。」
機嫌悪そうに漏らされた声は、一行を驚かせるほどではない。
寝起きで機嫌が悪い人間はよくいるものだ。
フィアスはたじろぐが、リトラは無視してもう一度話しかける。
「なー、お前ここで何してんだよ?」
外見上はどう考えてもあちらの方が上と言う事実は無視して、
あまつさえ初対面の相手に乱暴な言い回しで尋ねた。
「ん〜・・ちょっと休憩してただけだって。みりゃ分かるでしょ?」
あんたみたいなチビにそんなこといちいち言われたくない。
露骨に嫌そうな顔が、それを言外に語る。
「それはそうやけど、何で女の子が一人でこんな所におるんや?」
対してリュフタは、もっともな疑問を少女にぶつけた。
この近くには人里がない。10の子供がいるのは不自然だ。
「あ?そりゃあたしが武者修業中の剣士だからに決まってんでしょ!」
決まっていると言われても、
知らない人間の目には家出少女か迷い子にしか映らないと思うのだが。
などと言う言葉をリュフタは慎ましくしまいこんだ。
「剣士〜?」
リトラが疑うような眼差しを向けると、彼女は眉を吊り上げて怒った。
彼にそこまで悪気はなかったのだが、
どうやら彼女はよほどプライドに障ったらしい。
「うたがうんなら、あたしと勝負してみなさいよ!
年下だからって手加減はしないんだから!!」
剣を素早く抜き、少女はすぐさま構えの姿勢をとった。
ドサクサ紛れにリトラを年下扱いしながら。
「あ、言ったなこの凶暴女!!」
売られた喧嘩を買うのが、短気な彼の性分だ。
双方、ものすごく低レベルである。
「リトラ〜、怒らせちゃってるよ〜〜!」
すでに少女は剣を抜いて構えているので、当然冗談ではない。
フィアスがおろおろとリトラに言うが、
言われている当の本人はむしろやる気満々だ。
「そんなにいうなら、見せてもらおうじゃねーか!!」
お互いにお互いの言葉が癇に障ったのかどうかはしらないが、
両方ともむきになっているように見えるのは気のせいではあるまい。
「リトラはん・・殺さなへん程度にな・・」
一度火がついた以上、どちらも止まりそうにない。
と、リュフタは悟った。
命に危険を及ぼさないことを条件に、やらせるだけやらせることにしたのだろう。
固唾を呑んで、勝負の行方を見守ることになる。
「こっちから行ってやろうじゃない!
―炎の揺らめきよ、我が武器に宿れ。ファイア剣!!」
短い詠唱の後、少女の手のひらに現れた紅い火が剣に吸い込まれる。
剣はたちまち燃え上がるような色へと変じた。
「な、何だありゃ?」
即座に切りかかる少女の剣をとっさにかわし、リュフタに問う。
「それは魔法剣や!
使いこなせる者はほんの一握りやって言う、特殊な剣技の1つやで!
そんぐらい覚えとき!!」
魔法剣は剣の腕も勿論のこと、
魔法の才をもある程度求められる非常に厳しい技だ。
使いこなせる者は、凄腕の剣士といえどもごく少数。
その代わり、相手の属性に応じて掛ける魔法を変えれば戦いは非常に有利かつ楽になる。
「リトラー、がんばれー!」
ギャラリーよろしく脇で見物しているフィアスが、のん気な声援を浴びせた。
もちろん、本人はハラハラしていて真剣そのもののつもりだが。
「何だかしらねえが、んなことでびびるか!トマホーク!!」
斧が宙を舞い、当たる手前で少女はとっさに身をかわす。
目標を追いかけるような魔法でもない限り、飛び道具は進路を変えられない。
その隙に、リトラは詠唱を始めた。
「森に住み、草原を駆ける飛ばぬ鳥よ。
汝の力、我に貸せ。出でよ、チョコボ!!」
空間が歪み、異空間へ続く道から黄色い大柄のチョコボが飛び出してきた。
そして、彼女の利き腕をめがけて強烈な蹴りを飛ばす。
少女はびっくりしつつ身をよじったが、
蹴りは腕を掠め、持っていた剣も弾き飛ばされる。
用が済むと、チョコボはすたこらとまた空間を歪ませ帰って行った。
「っつ〜……」
蹴られた腕を痛そうにさすりながら、少女は苦痛の声を上げた。
まさか、あんなものがいきなり現れるとは思ってもいなかったに違いない。
「勝負あったで。」
リュフタが二人の間に割って入る。
いつの間にか戻ってきた斧もリトラは回収し、少女も剣を収めた。
「あんた・・召喚士?」
少女が、驚いた様子で尋ねた。
「そうだぜ。それよりおめぇ・・やるじゃねーか。
俺の斧よけちまう奴なんて、そういねーよ。」
回収した斧を腰の帯に挟みながら、彼女の腕を褒める。
「あんたこそ、良くあたしの剣よけられたね。
でも、最後のあれはないでしょ!あんな魔法は卑怯じゃないの?!」
リトラの腕を一応認めつつも、
最後の召喚魔法が納得いかないらしく、少女は文句をまくし立てた。
「ばーか、見世物の試合じゃあるまいし、ルールもクソもあるわけないだろ。
大体相手がどんな手を使ってこようが、冷静に対処してこそ一人前だろー?
魔物は卑怯とか何とかいう寝言は聞かねーぞ。」
「うっさいわね!あんなの自分の力じゃないじゃない!!
あたしはあれがとどめなんて認めないからね!もう一回勝負しなさいよ!!」
抗議をさらっとリトラにかわされ、ますます少女は怒った。
「言っとくけど、あのチョコボを呼んで制御してるのはおれの力だぞ。
召喚士をなめんじゃねーよ、この単細胞女!」
「な、だ〜れが単細胞だってぇ〜〜?!」
だんだん、双方とも大爆発しそうな空気を帯びてきた。
売り言葉に買い言葉で、全く決着がつきそうもない。
この辺りで止めた方がいいだろうと判断したリュフタは、
ここで仲裁に入ることにした。
「は〜いはい、喧嘩はたいがいにしとき!
お嬢ちゃんも納得いかへんみたいやけど、勝ちは勝ちや。
でも、魔法剣はなかなかのもんだったで。その年で使えるなんて、大したもんや。」
「そ、そうかな?……まぁ、勝ち負けはともかく、あたしの剣はよけたしね。
だから、あんたが『そこそこ』強いのは認めるけど。」
リュフタに褒められてまんざらでもないのか、
少女は照れたように頬をかいた。
言葉まで、いきなり妥協したような色合いが強くなっている。
「言い方がすっげー引っかかるんだけどよ。」
素直に負けと思えない理由は、リトラもわからなくはない。
だが彼女の態度には、やはり引っ掛かりを覚える。
大方、彼女は見た目が年下の者に負けたのがくやしいのだろう。
実際は彼女の方が実年齢は自分より10も下なのだが、
普通見た目では判らないのだから仕方がない。
「ま……いいか。で、お前一人旅なのか?」
「うん、そうだけど。あ、そうだ!
あんたもそこそこ強いみたいだし……あたしも一緒に行っていいかな?」
何気ない質問に返ってきた答えは、突然の申し出。
出会ったばかりの、手合わせしかしていない相手に何を言うのやら。
そんな思いから、リトラは眉をひそめて首をかしげた。
「え、何で?」
急な展開に驚いたフィアスも、とまどって聞き返す。
すると少女は、恥ずかしそうに笑ってこういった。
「え?まぁ……あたしもまだ子供だし、
一人だとけっこう苦労するんだよね。あはははは……。」
決まり悪そうな乾いた笑いから察するに、
色々と恥ずかしかったことや、人にいえない苦労話があるのだろう。
一人旅、それも子供となれば苦労は計り知れない。
リトラもその辺の苦労は何となく分かるので、あえて深く追求しなかった。
突然すぎる申し出の理由も、少し納得がいく。
「ま、別にいいぜ。こっちは見ての通り、ろくな戦力がいねぇし。
剣が使える奴なら、損はねーな。」
武器攻撃に長けたメンバーがリトラしか居ないこのパーティに、
剣士が加わるというのはいいことだ。
食費などは当然増えてしまうが、それを差し引いてもお互いにとって損はない。
「ろくな戦力って……うちは戦力外通告かいな!!」
「ひどいよリトラー!
リュフタは『せんりょくがいつうこく』じゃないよー!!」
リトラが頭の中で損得勘定のそろばんを弾いている後ろで、
リュフタとフィアスが怒っている。
その様子がおかしいらしく、少女は声を立てて笑い始めた。
「あっはっは……。あ、あたしはアルテマ=カーラル。
さっきの技を見ての通り、魔法剣士だからね。ま、当分よろしく!」
こうして、魔法剣士の少女・アルテマが仲間になった。
心強い戦士系のジョブの仲間を加え、一行はトロイアの町を目指す。
川にかかる橋を越えたら、町はすぐそこだ。



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直接攻撃系の仲間が増えました。パーティにとっては実にいいことです(笑
などというと、ゲームみたいですが。実際にそのほうが戦闘シーンはいいと思います。
ちなみに、2度目となる今回の手直しでは、
これから先から現在(40話製作中)までのアルテマの性格を踏まえ、
アルテマの加入シーンを大幅に書き直しました。
性格から言って、一言文句はつけるだろうと。